雑記帖  ~心に残る言の葉達 その4~

 

<想いの力>

 

NYで『奇跡のコース』の教師会のメンバーとして活動する香咲弥須子さん。
その香咲さんにより、テキスト・ワークブック・教師の手引き(及び新版は付録を追加した全4部)からなる大著『奇跡のコース』、の中の<ワーク>のみが翻訳された『わたしは何も知らない』


ある年の暮れ。
長い間邦訳が待たれていたというヘレン・シャックマン著『奇跡のコース』──の、<テキスト>の翻訳書が刊行されてすぐに、書店へと足を運んだものの。
あまりの分厚さと文字の多さ、細かさに、立ち読みすら出来ずにあっさりと棚に戻した、その時。横に陳列してあったのが、この「わたしは何も知らない」でした。


<ワーク>に関するコメントは一切なし。
代わりに、「『奇跡のコース』を学ぶ為のヒント」なるエッセイが書かれていて、この内容が私にとっては、まさに<目から鱗>でした(*_*)


自分の周りに起こる事柄は、全て己の心の反映──
心理学の書籍やセミナーで何度も目にし、耳に聞き、頭では理解しても感情では納得出来ずにいた、この<投影>


著者によれば、例えば猛暑の真夜中、エアコンが壊れたとして。
それも自分の心が招いた事。

何故なら。

私は怒っていたから。恨んでいたから。

心の深い深い部分に、ずっと以前から、しんしんと降り積もる、怒りがあり、恨みがあり、悲しみがあり、憎しみがあり。
そして、それらの感情は、自分で思う以上に堪え難く、その痛みを誤魔化そうと“心”は「これぞ」という理由を探し続け、その念力ともいうべきものがエアコンを壊し! 途端、“心”はそれに飛び付いて、「私の怒りはエアコンが壊れたせいだ!」と高らかに宣言する──


腑に落ちる、とは、まさにこの事だ、と思いました。



他にも、春夫さんの一言に対する、夏子さん・秋子さん・冬子さん、三人それぞれの捉え方の違い。
自分の心の在り様で、如何に受け取り方が異なってくるか、など、分かり易い例が幾つも綴られています。



一方。肝心の?ワーク、ですが。
本書に収められているのは、レッスンの1から20まで。

まずは──心の垢を落とし、骨の髄まで染み込んだ<視点>を変える。
これがテーマかな、と。

「この椅子には意味はありません。」
「このペンには意味はありません。」

初回はまず、これ。
黙々と、このフレーズを、様々な物に当てはめ、繰り返す。
更には

「この窓から見えるものを、わたしは理解していません」
「わたしは、この電話をありのままに見ていません」
.
と、続いていき・・・独断と偏見ながら、仏教の“空”に近いような?


これらのワーク、及び教義を伝えられたのは、イエス・キリスト様だそうですが。

練習方法は至って地道。
もしくは──地味。

算数なら計算練習。国語であれば漢字の書き取り。ピアノにおける毎日の音階練習、野球の素振り。などなどなど。
日々、淡々と、黙々と、根気よく。



瞑想も座禅も、ましてや滝に打たれる事も。
天に祈りを捧げる訳でも、心に強く願う訳でもなく。
こつこつと“練習”(まさしく練習ですね。はい)に励めという辺り、イエス様はかなり実務的な方?

ですが、私の様な、感覚ではなく理屈で納得したい(^^; タイプには、根気が続くか否かはともかく、「目を閉じてピンク色の光に包まれるイメージを」といった方法に比べると(←苦手なんです。だって、目を閉じたら真っ暗ぢゃん(-_-))、かなり受け入れ易く。


あ、いや、瞑想も大切だとは思うんですけどね。
こちらも毎日少しずつ訓練?すれば、出来るようになるんでしょうが・・・でも、真っ暗。
いつまで経っても真っ暗。
ずーっと真っ暗(←もういい)



尤も。
レッスンはこの後、140まで\(◎o◎)/

以下続刊──の予定だそうで(当時ね)、最後まで読んでみない事には、即練習、とはいかなかったりもしますが(^-^;

もしくはテキスト──あれは、もはや、教科書というより辞典なのでわ?とも思いつつ・・・



機会があれば、改めてチャレンジしてみようかと。
精進致しますです。はいm(__)m


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